「サイトな人々」より転載

CONNECT 2000APR. NO.000 発行:株式会社サイバーエージェント
「サイトな人々」より転載
文:花井直治郎 撮影:鈴木夏子

「福島県出身というのは嫌いなんで、会津出身ということにしてください」

出身地を訊ねると、男はそう答えた。

「福島ってでかいんですよ。地域によって天候も違うし、言葉も変わってくるんです。だから私は、どうしても、いわき市出身の人とは、同じ故郷を持っているとは思えないんですね。福島の人はだいたいそうじゃないかな。中畑だって、福島出身とはいわずに、郡山出身というと思いますよ」

この"会津生まれ"の男、名を大崎裕史という。目黒にある広告代理店・飛竜企画の営業部長である。飛竜企画は、ラーメンサイトとしては日本でもっとも人気の高い「東京のラーメン屋さん」の運営元であり、大崎はその制作担当者である。

 99年、852杯のラーメンが大崎の胃袋におさまった。一日平均、約2.3杯。その戦果は「東京のラーメン屋さん」に克明に記録されているのだが、そんなにラーメンばかり食べていて体は大丈夫なのだろうか、と思う。と同時に、年間852杯ものラーメンを食す大崎裕史とは、どのような人物なのだろうか、という興味もわいてくる。

「喜多方ラーメンが近くにあったからですかね。子供の頃からラーメンが好きだったんですよね」

 そう大崎はいう。しかし、会津の地で大崎がラーメンを食べまくっていたかというと、そんなことはない。彼のラーメン好きの血が騒ぎ出すのは、故郷を離れ東京で生活をするようになってからだった。

「東京に出てきて、いろいろとラーメンを食べるわけですよ。特に営業で出歩くようになってからですよね。そうすると、あそこよりここの店がうまいとか、スープがどうとか、麺がどうだとか、自分なりにラーメン屋を見る基準ができてきてですね、そうしたデータをパソコンに入力するようになったんです」

 こうして10年前、大崎はごくごく私的にラーメン屋のデータベースをつくりはじめた。

 96年、飛竜企画は、世の風潮にならって、インターネット事業に着手する。当初は、ウチも広告代理店だし、とりあずホームページでもつくろうか、といった素人的な発想だったという。

「ホームページの話はあるんですけど、中身が決まらないわけですよ。それならラーメンのデータならあるんで、ラーメンのページでも立ち上げましょうかと。最初はそんな軽いノリでしたね」

 かくして、「東京のラーメン屋さん」は開かれ、大崎はホームページの制作にたずさわるようになる。

 しかし、ここから大崎の生活が一変する。

「時間ないですよ」

 何度も大崎はそう呟いた。

 飛竜企画の社員である大崎が「東京のラーメン屋さん」に費やす時間は、当然、業務の範囲内と考えていいと思うのだが、ラーメンはラーメンなのだと大崎はいう。そのため、日々、多忙な営業部長としての仕事をこなしながら、土日、アフターファイブ、昼休み、平日のわずかな移動時間などを使って、ラーメンと向き合うのだ。

「プレッシャーきついですよ。新しいラーメンページがどんどんでてくるし、つくっている人は若いし、彼らにくらべれば私は仕事がある分ハンデがあるし、けどどこにも負けたくないし、負けないつもりだし」

 おおげさにいえば、これは大崎の心の叫びである。しかし、聞いていて悲壮感がまったくない。852杯もラーメンを食べていることを辛いだとか、もう嫌だとか思っているようすがこれっぽちも感じられないのだ。逆にラーメンのことを話す大崎の表情は明るく、どこか嬉しそうだ。

 大崎はいう。昼食を食べ終えて歩いていても新しいラーメン屋を発見すれば迷わずその店に飛び込みますね、と。人と待ち合わせをする場所はラーメン屋が多いかな、と。夜に飲み会があればその前にラーメンを一杯ひっかけてから行きますよ、と。さらにこうつづける。飲んだ後のラーメンも必須です、と。

「ホームページで人生かわりましたね」

 大崎はそういって笑った。

「基本的に大食いなんですよ。昼、3杯までなら平気ですね。さすがにそんなときは夜ご飯食べたりしますけど。ただ、夜食はラーメンですかね」

 大崎は3人兄弟の末っ子として生まれた。両親は共働きで、ひとり、家の留守番をすることが多かったという。そんなとき、大崎の食事は中華料理屋からの出前だった。

「一人前って、出前を頼みにくいじゃないですか。だから、ラーメンと野菜炒め定食といった具合に多めに頼んで食べてたんですね。それで大食いになっちゃったんですよ。共働きの両親に感謝ですかね」

大食いは、いまの大崎にとって、このうえないアドバンテージである。しかし、食べるには当然、お金が必要となる。年間800杯食べて、一杯1000円とすれば、80万円にもなる。仕事でない以上、これらはすべて自腹であるという。

「ラーメン代なんてたかがしれてますよ。いちばん金がかかっているのが、タクシー代ですね。少しでも時間を節約しようと、ラーメンを食べにいくのにタクシーに乗るんですね。仲間からは、そのタクシー代でベンツが2台買えるといわれています」

 そう大崎は話すのだがやっぱりどこか嬉しそうだ。

 さらに、大崎には毎年、札幌なり博多なり、ラーメンどころへの遠征がある。それらも含めた交通費が年間300万円近くになるという。しかし、大崎に旅の記憶はない。

「北海道には5回以上行っているんですが、何を見たかなぁ。ラーメン屋の名前以外はほとんど思い出せないですね」

 すごい人、である。

「ラーメンばかりじゃないんですよ。J−POPはやたらと詳しいですよ。CD、MDあわせて800枚以上ありますね。カラオケ1万曲歌えます。グレイでも、ミスチルでも、浜崎あゆみでも。とりあえず、ランキング上位曲はほとんど歌えますね」

そう、てらいなく、大崎は話す。その姿を見ていると、何がどうすごいのかわからないが、とにかく、すごい人、と思う。

「けどね、私はおたくじゃないですよ。まあ、おたくといえば、データベースおたくかもしれないですね。例えば、『東京のラーメン屋さん』も、杉並区のラーメン屋のデータは何件になったかな、とかいってページを見るのが好きなんです。ラーメンが好きというより、もしかしたらラーメンのデータベースが好きなのかなぁ」

 インタビューから数日後の日曜日。大崎のオフ会に参加させてもらった。この日は、午前中に武蔵浦和駅に集合して、沿線を途中下車しながら、ラーメンを食べ歩くことが目的である。改札で落ち合うと、大崎たちは、一目散に目的のラーメン屋「むさし坊」へと向かった。自称「日本一ラーメンを食べる男」がすすめるラーメンである。

 一緒に食べる。おいししい。本当にうまい。やっぱり、すごい人、である。

 隣で、大崎が、ツルツル、ズズーっと、あっという間にラーメンを平らげた。大崎は、顔の汗を吹き吹き、店を出ると、電車に乗って次のラーメン屋を目指した。途中、ケーキ屋とイタリア料理屋で休憩をはさみながら、「たった5杯」のラーメンを胃袋におさめ、最後は居酒屋へと消えた。

 大崎の後ろ姿を見送りながら、朝からラーメンを食べつづけて胃がもたれませんか、と訊いたときのことを思い出していた。大崎はこう答えたのだった。

「それは、朝からご飯を食べて胃がもたれませんか、と聞くようなものですよ」